
わたち、今日がお誕生日なの。
19歳になったのよ。
ブリーダー引退の保護犬なんだけど、血統書があったのね。だから推定年齢じゃなくて、実年齢なの。
8歳でここのおうちに来たときに、おかーちゃんと約束したのよ。
8年間いっぱい子供を産んで苦労したから、最低でも次の8年は楽しい犬生を送ろうね、って。
「おかーちゃん、わたち、約束守ったわよ! 19年も生きたわよ!」
「え? 何の話? 夏芽ちゃんは、20歳を越すっておかーちゃんと約束したんじゃなかったけ?」
おかーちゃんは、夏芽ちゃんの誕生日が来るたびに、目標を吊り上げる。
「何がなんでも、目指せ20歳! おうっ!」
おかーちゃんは、毎朝こぶしを振り上げて気合を入れている、、、

ピアノの発表会へ出張していたサマーちゃんとフラワーちゃんが帰ってきた。
今年もキレイなお花を背負っての帰宅だ。
「発表会どうだった?」
夏芽ちゃんは、サマーちゃんに聞いてみた。
「相変わらずの迫力よ。発表会というよりコンサートね」
フラワーちゃんも興奮気味だ。
「おかーちゃん、必死になって写真を撮ってたわよ。一眼レフを2台抱えて、まるで腹筋のトレーニングをしているみたいだったわ」
「ご苦労さまだったわねえ。子供たちの案内係は上手くいったの?」
「今年は、おとーちゃんが私たちを並べたのよ。もっと目立つところに置いて欲しかったわ。ちっとも写真に写ってないんだもん」
サマーちゃんとフラワーちゃんは、しばらくお家でお休みすることになった。
「また来年も頑張るわ」
二人共、お疲れ様でした。

夏芽ちゃんにプレッシャーをかけられたおかーちゃんは考えた。
「あやめもチューリップも終わっちゃったし、すずらんもしぼみかけてる、、、そうだ!お隣のジャスミン!」
高いところに咲いているお花が見えるよう、おかーちゃんは、おとーちゃんに頼んで夏芽ちゃんを抱っこしてもらった。
「どや!」
おかーちゃん、やるわね。
これ、お隣のジャスミンなんだけどね、おばさんが「そちらにはみだしていてスミマセン、切りますから」と言うのを「いいえ!大丈夫ですっ!」っておかーちゃんが毎度答えてるのよ。
仕方がないわね。今回は、おかーちゃんに勝たせてあげるわ。
「あら、夏芽ちゃん、大人になったわねえ」
わたち、おかーちゃんより年上だから。たまには大人の対応をしないとね。
どこまでも、口が減らない夏芽ちゃんである。

夏芽ちゃんの特技は、キツネのものまねである。
「神社に住んでるキツネさんって美味しいお揚げをもらえるんでしょ?わたちもお揚げが食べたいわ」
夏芽ちゃんは、キツネ顔をしてみた。
「これでどう?お揚げもらえるかしら?」
「夏芽ちゃん、ここはお寺よ。お狐さんはいないわ」
「でも赤い柱が立ってるわよ」
「それは鳥居じゃないの」
「えー、お揚げ食べた〜い!」
「わがまま言わないの」
「おかーちゃん、さっき築地で穴子丼食べたでしょ。わたちを車で留守番させて。浜藤のさつま揚げも食べたわね、歩きながら。こっちは、トウモロコシの限定品ね」
「バ、バレてる、、、」
「わたちを誰だと思ってるの?嗅覚の鋭いワンよ」
おかーちゃんを脅した夏芽ちゃん、見事にお揚げをゲットした、、、

今日は、お花見2ワン会議だった。
桜は満開なのに外は冬のように寒い。テラスでの会議は急遽室内へと変更になった。
寒がりのわたちは、うさぎコートを着、フリースにくるまった。
ブルドッグさんからチワワさんまで集ったそのお店は盛況だった。
ところが、小さいくせに威圧感のある豆柴さんが2頭やってきた。
「わおん!」
豆柴さんのこの一言で、いちごちゃんは震え上がった。
いつもテーブルにあるごはんは全部自分のものと思っているいちごちゃんが窓の外を見つめたまま動かない。おやつも食べない。
「いちごちゃん、どうしたの?」
わたちが話しかけても、いちごちゃんはそっぽを向いたまま固まっている。
いちごちゃんは最後まで何も食べなかった。
お別れの時間になった。
「いちごちゃん、お腹空いてない?何も食べてないじゃないの」
「ペコペコだよ。でもあのおっかない豆柴さんのおかげで食べそこねちゃったんだ」
「大丈夫よ。カートの中にママさんからもらったおやつを落としておいたから。後で食べてね」
わたちは、誰にも聞こえないように、いちごちゃんの耳元でささやいた。
「夏芽ちゃん!大好き!」
いちごちゃんは、嬉しそうに微笑んだ。
次に会えるのは、初夏のバーベキューだね。
それまで元気でね。

わたち、桜が満開になったって聞いたの。でね、おとーちゃんを連れてお花見に行くことにしたの。
最初は桜坂に行ったんだけど、すごい人で写真を撮る場所がないの。さすが福山さん効果ね。
仕方がないから、自由が丘に行ったの。平日なのにベンチは満員。でも何故かおとーちゃんが近寄ると席が空くのよ。みんなに避けられているのかしら?
「夏芽ちゃん、こういうのを『運勢がある』って言うんだよ」
「そうなの? じゃあ、その運を少し分けてもらおうかしら」
桜は高いところに咲いているでしょ。足が短いわたちはよく見えないから、おとーちゃんが抱っこくれたの。その途端、風がわたちのお耳をふわっと持ち上げて桜吹雪を吹かせたの。最高の気分よ!
風さん、桜さん、ありがとう!