
ハナちゃんは、朝の3時に目が覚めた。
なんかとても寒い。それに寂しい。
たまりかねてクォ〜ン、クォ〜ンと大きな声で泣いたら、おかーちゃんが起きてきた。
「ハナちゃん、体が冷たいわ」
おかーちゃんは、ハナちゃんお気に入りのタオルで体を包んでくれた。
それからしっかり抱っこしてくれた。
おかーちゃんの腕の中は、初めて会った時と同じように暖かかった。
体を預けると不安は消えていった。
「ハナちゃん、もう大丈夫よ」
起きるには早すぎる時間だったから、おかーちゃんはハナちゃんをしっかり抱いたまま、ソファに横になった。
おとーちゃんが上からお布団を掛けてくれた。
おかーちゃんが泣いている。どうしたんだろう。
ハナちゃんが、このおうちの子になってからのことを思い出しているらしい。
いっぱいモデルもやったし、盗み食いもしたし、お花見に行ったり、海で泳いだり、落ち葉の中に埋もれたりしたね。雪の上を歩いたら、肉球が冷たかったなあ。
次の日、ハナちゃんは、お空に昇って行った。
下を見ると、おとーちゃんとおかーちゃんが泣いていた。
「どうして泣いているの? ハナちゃん、虹の橋でおとーちゃんとおかーちゃんが来るのを待ってるよ。あとは、夏芽ちゃんに託したから大丈夫だよ」

ハナちゃんの体は、お気に入りのウサギのピーピーおもちゃと一緒に、初代ダックスのサクラちゃんの隣に埋められた
。
「ここなら、寂しくないでしょ。いつでもおうちの中を見られるもんね」
青空と白い雲が広がる草原では、サクラちゃんと二代目ダックスの小梅ちゃん、それにお友達のバニラちゃん、ランディちゃん、エルモちゃんが走り回っていた。
「夏芽ちゃん、あとは頼んだよ。長生きしておとーちゃんとおかーちゃんの面倒を見てね」
ハナちゃん、17歳と7ヶ月でお空へ旅立ちました。
今までありがとうございました。後は夏芽ちゃんが引き継ぐそうです。

「こんにちは。わたち、夏芽です。今までもたまに登場していたけど、これからは、正式にハナちゃんの後を継いでモデル犬をやります。これからもよろしく、です」

ここ2、3日涼しい日が続いている。もう秋だねえ。秋と言えばぶどうだよね。食べたいなあ。
そこへいちごちゃんからテレパシー電話がかかってきた。
「ハナちゃん、夏芽ちゃん、元気? ママさんにブドウを送ってもらうことにしたから食べてね♡」
いちごちゃんからのメッセージはいつも絶妙なタイミングで届く。
「ほら!ハナちゃん!おかーちゃんがカメラを構えているわ。お仕事の時間よ!」
夏芽ちゃんは、一心不乱にレンズを見つめたが、ハナちゃんは知らん顔だ。
「頑張っても、ブドウの皮はワンに良くないからって食べさせてもらえないのが毎度のパターンさ。おかーちゃんがカメラを構えている間にサッサと頂かないとね」
ハナちゃんは、値段が高い方のシャインマスカットに狙いを定めた。
「はい!OK!撮影終了!」
おかーちゃんが叫んだ。
「あれ?カメラ目線じゃないのにいいの?」
ハナちゃんは、首を傾げた。
「ブドウを狙っているでしょ、ハナちゃん」
「なんでわかったの?」
「だって、ハナちゃん、ウチの子だもん。わかるに決まっているでしょ」
ウチの子ねえ。うれしい言葉だけどねえ。やっぱりブドウが食べたいなあ。
「じゃあ、ブドウ味のチュールでも探しましょうか」
「うん!」
ハナちゃんは思った。このウチの子でよかった、、、

そろそろ日が暮れようかという頃、玄関のチャイムが鳴った。
「ピンポ〜ン♪」
「おかーちゃん、黒い猫のおにーさんが来たよ。いつもは午前中なのにめずらしいね」
届いたのは、カエル印の招待状だった。
しかもバラの花とお菓子付きである。
「おー、音楽界への招待状だ! しかもランチ&おやつ付きだって! 夏芽ちゃん、行く?」
「ハナちゃん、それは愚問よ。 行くに決まってるでしょ! 早くお返事してよ!」
「ママさん、ご招待ありがとうございます。 ハナ&夏芽、喜んで飛んで行きます!」
夏芽ちゃんは、はたと考えた。
「何着て行こうかしら。ママさんに招待されたカエルさんの音楽会、、、」
「カエルさんの音楽会じゃないんだけどな」
おかーちゃん、悩む夏芽ちゃんを見て大笑いしている、、、

夏芽ちゃんが引き寄せたサクランボは、いちごちゃんからの贈り物だった。
「ハナちゃん、こんにちは。こんどはちゃんとカードをつけたから読んでね」

漢字を読み間違えたハナちゃんのために、カードはひらがなで書かれていた。
「よし! おとーちゃん、聞いて!」
ハナちゃんは、メッセージを読み上げた。
「は・つ・も・の・を・た・べ・る・と・な・が・い・き! するんだって!」
「そうなんだ。じゃあ、ハナちゃん、サクランボ食べていいよ」
「やった!!!」
ハナちゃんは、箱をのぞき込んだ。
「あれ? いつもは2段並んでいるのに、今年は一段しかないね。おとーちゃん、昨日1段分食べたでしょ?」
「バ、バレた、、、」
「まあ、いいや。残りは全部ハナちゃんと夏芽ちゃんでいただくから」
ハナちゃんは、大きな口を開けた。

と、そこへおかーちゃんがやってきた。
「待ったぁ!!! ワンはサクランボの種を食べたらダメなのよ!」
おかーちゃんの叫び声を聞いて、おとーちゃんはサッと手を引っ込めた。
カツン、、、
サクランボを空振りしたハナちゃんの歯音だけが、静かな部屋にむなしく響き渡った、、、

畑でキュウリの収穫をしていたおかーちゃん、ロープにぶら下がっているカエルさんを見つけた。
「よっ! ほっ!はっ!」
「アマガエルさん、がんばるねえ」
おかーちゃんは、話しかけた。
「実は来週、サーカスのオーディションがあってね。綱渡りの練習をしていたんだけど、脚を踏み外しちゃってさ。おっとっと」
「写真撮ってもいい?」
「いいよ」
おかーちゃんはスマホを取り出し、シャッターを押した。
「ところでさ、梅雨が明ける日の前日に1日だけのカエルフェスがあるんだ。ボク、合唱に出演するから、よかったら聴きに来てよ」
カエルさんから招待させたおかーちゃんは、ウキウキしながら帰ってきた。
「ハナちゃんもカエルさんのフェスに行く?」
「楽しそうだね。会場はどこ?」
「あ、聞くの忘れた」
おかーちゃん、やっぱりどこか抜けている、、、